2017年5月26日金曜日

Xデザインフォーラムin京都

Xデザインフォーラムin京都の講演を聞いてきた。「サービスは闘争」をテーゼに掲げ人間中心設計ことHdCDを唱える山内先生と、「利他的UXデザイン」を研究しHCDのJIS化でも中心人物でおられる安藤先生の対決という構図。前評判を聞いただけでも面白そうなところ、期待以上に面白かった。


先攻は闘争としてのサービス

直前に本を読んだだけでは掴みきれなかった概念を解きほぐして説明してくださったので、だいぶ理解できるようになった。

例えば「相互主観性」はこういうイメージ。高級レストランでワインが美味しかったからといって、安易に「おいしい」と言うと、「表現が乏しいやつ」と程度が知れてしまうので素直に表現できない。
観察する「主体」と観察される「客体」が分離できることを前提に従来のデザインが成り立っていた。でも現実には、客体の中に主体が映り込んで相互作用するので、切っても切り離せない複雑さがある。

「ヘーゲルの主人と奴隷の弁証法」はこんなイメージ。承認を得るために闘ってマウントポジションをとるんだけど、負かした奴隷から承認を得ても有難みがなく承認欲求は満たされない。
顧客満足を得るためにへりくだるとサービスの価値が目減りしてしまう現象の説明になる。だから、高級な鮨屋ほどわざとらしい笑顔の接客が減る。

デザインがデザインの価値を貶める話には思い当たる節がある。我々もB2B製造業の世界で、デザイン性が高く使いやすい製品を市場に投下した。けっこう影響が大きく、発売5年が経つと海外展示会でも競合による美しい製品で溢れるようになってきた。結果として、美しいデザインであることが同質化されてきた。
同質化への打開策として、講義では価値の源泉を市場の外に求めること、すなわち「文化のデザイン」へと話が向かう。具体的には、芸術は芸術だから有難いことや、合理性とは正反対の礼儀作法にしてしまうこと。これまでの私に無い新しい観点の収穫だった。
一方で、どのくらい普遍的なことだろうか?嗜好品ならまだしもB2Bで実践できるのか?ハイコンテクストな日本独自な話もあるんじゃないか?という疑問が沸いた。

また、高級な鮨屋がへりくだった顧客満足なんて目指さない話についても、前提として鮨自体が美味しいから出来るんじゃないか。旨い鮨にあたるのが、製造業で言うとデザイン性や使いやすさに該当していて、当たり前品質を超えていないと闘争のスタートラインにさえ立てない。味を担保するのは、ISO 9241-210で言うHCDに思えた。


HdCDもHCD

山内先生のお話を聞いて納得したような気がしたところで、後攻は安藤先生の反撃がはじまる。自分の中で分かったような気がしていたのがまた分からなくなり、頭の中でめまぐるしく概念が構築されては破壊されるのが刺激的。


名刺上は専門家を名乗る私だけど、HCDの根っこの部分を知らないんだなぁと思い知らされた。私たちが良く知っているISO 9241-210で言うところのHCDは、あくまで業務インタラクションに特化したHCDの応用の1つでしかないというお話。HUNTER×HUNTERで暗黒大陸が出てきた時みたいな、知ってる世界がすべてじゃなかったのか感。
人間中心設計ことHdCDも、大元の原則に立ち返るとHCDから逸脱しておらず、目指す志は同じと説明できる。私の理解力を振り絞って描いたイメージはこちら。


ソフトウェア業界を中心に「ユーザーの要求事項」が誤解されがちと釘を刺されたことを心に留める。ユーザーが言葉で「これが欲しい」と言った事が要求になるのでない。むしろユーザーは自分の欲しいものが分からないので、利用状況を手掛かりに掘り起こした要求の方が大事という話。
この話に立ち戻ると、鮨屋の大将はいわゆる接客のかわりに凝視するが如くユーザーを観察して、多くを話させず文脈に合わせたおもてなし(利き手に傾けて差し出すとか)を織り込む。相互主観性による作用も含めた利用状況として捉え、複雑さに対しては試行錯誤の反復で完成させてゆけば、もはやHCDといったところか。

説明の中で黒須先生の提唱する「目標指向」「プロセス指向」「状態指向」の概念が出てきて、今取り組んでいる事がスッキリ説明できるなと感じた。B2B製造業は、お客様のお仕事をサクッと効率的に終わらせる「目標指向」を目指していて、ISO 9241-210で言うHCDが大活躍する。UX KANSAIで学んでいる課題は、道のりも楽しむ「プロセス指向」が強いような、「目標志向」であってもひと捻りした行き先の発見に重きを置いているような感じがする。


ビアバッシュに突入してしまったけれど、もっともっとマイクで話すのを聞きたいくらいだった。

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